プログラム | プログラム |
全体報告 嶋田 和子 | 8月24日から26日の3日間、ベルリンにおいてOPI国際シンポジウムが開催された。2002年エジンバラよりスタートし、その後毎年実施されてきたOPI国際大会は、ソウル、プリンストン、函館と続き、今回のベルリン大会は第5回目となった。会長山田ボヒネック頼子氏をリーダーとする欧州OPI研究会会員のご尽力により、3日間にわたる国際大会は、充実した有意義なものとなった。 パネルディスカッション、口頭発表、ポスター発表、レセプションなど全て日独センターで行われたが、ランチタイムは、15分ほど離れたベルリン自由大学に向け参加者全員で大行進。緑深いベルリンの街の散策を思い思いに愉しむことができた。盛りだくさんの充実した内容に加え、運河遊覧船内での懇親会、お手製ケーキのティー・タイムなど随所に欧州OPI会員の温かい配慮が感じられる素晴らしい国際シンポジウムであった。参加者数は110名、ドイツ国内はもとより欧州12カ国、アメリカ、韓国、そして日本からは約30名が参加した。 今回のシンポジウムの中心テーマは「欧州言語教育理念・政策CEFR(Common European Framework of Reference for Language)と米スタンダードACTFLの接点を探る」であった。その多岐にわたる充実した内容は実行委員会作成のベルシン案内からも見て取ることが出来る。 ・言語の普遍性と個別性:欧州言語環境の中の日本語教育テスティング ・「日本語能力試験Can-do-statements(試行版)」 ・「能力記述文」という発想―CEFRと「(新)日本語能力試験」の対応を中心に ・「日本語習得」測定法としてのOPI実践・成果・考察 ・「日本語プロフィシェンシー」という概念、到達度に基づくシラバス構築 ・欧州土壌における「母語者-非母語者日本語教師」関与による口頭表現能力評価法 基調講演は『CEFR』の著者Brian North氏と、東京外国語大学の宇佐美まゆみ氏によって行われた。North氏からはCEFRとACTFL-OPIとの相関関係についての興味深い報告があった。また宇佐美氏からは「情報伝達の達成度」だけではなく、「ポライトネスの適切性」「言語行動の洗練度」という視点がOPIにおいても重要ではないかという指摘があった。今後こういった点に関してさらに研究会などで議論を重ねていきたいと考える。 パネルディスカッション『ACTFL日本語OPIと欧州CEF準拠口頭能力評価法の接点を探る』は、アメリカ、イタリアからのパネリストを含む5人のパネリストによって行われた。CEFRとACTFLとの関係、新生日本語能力試験における口頭能力試験創設の可能性が語られる今、OPIを改めて見つめなおす好機となった。また、さまざまな評価に関する議論が進められている時こそ、学習者の立場に立ち、接触場面研究の重要性を忘れてはならないという意見も出された。 口頭発表6件、ポスター発表2件と、件数は少なめではあったが、それぞれ独自の視点を持った示唆に富んだものだった。OPIデモンストレーションは、毎回国際大会参加者の大きな関心事の一つである。今回は2時間半という時間設定がなされていたことから、十分な意見交換ができた。 最後に、山田実行委員長より「今後さらに各研究会の連携と協力体制を強化していきたい」という提案がなされた。なお来年度のOPI国際シンポジウムの開催地として、京都外国語大学が予定地であることが報告され(大学側に確認を取り、関西OPI研究会で話し合った上で最終決定)、第5回国際シンポジウムは無事幕を閉じた。 |
パネルディスカッション 「ACTFL日本語OPIと欧州CEF準拠口頭能力測定法の接点を探る ―米スタンダード、欧州スタンダード、日本語教育スタンダード―」 庄司 惠雄 | はじめに、シンポジウム主催者である山田ボヒネック頼子氏よりあいさつがあった。EUにおける外国語教育の趨勢と日本語教育の近況を踏まえて、パネルディスカッションのテーマを標記のようなタイトルとしたねらいについて説明されたものである。 このあと、嶋田和子トレーナーの司会のもと、以下のプログラムに沿ってパネルディスカッションに入った。 プログラム コーディネータ:山田ボヒネック頼子(ベルリン自由大学) パネリスト: (1)カール・フォルスグラフ(オレゴン大学) 「口頭能力のオンラインでの評価:STAMPテストの開発、実施経験から学んだこと」 (2)庄司惠雄(お茶の水女子大学) 「管見:CEFRを通じて展望する新たな日本語能力試験(仮)の可能性 ―JF中上級 発話テスト開発プロジェクトからAOTS技術研修生中級発話テスト開発 プロジェクトに至る経過を踏まえて―」 (3)野口裕之(名古屋大学) 「日本語能力試験における言語能力の記述と得点解釈基準の設定」 (4)鎌田 修(南山大学) 「接触場面における言語活動遂行能力」 (5)デマイオ・シルバーナ(ナポリ国立大学) 「欧州CEFRと口頭能力測定試験:ノンネイティブ日本語教師の一考察」 司 会:嶋田和子(イーストウエスト日本語学校) コメンテータ:伊東祐郎(東京外国語大学) カール・フォルスグラフ氏は、オレゴン大学CASLSにおいて氏らが開発したネット・ベースの外国語テストSTAMP(Standards-based Measurement of Proficiency)を紹介した。 STAMPは1999年から開発が開始され、読解・聴解・作文の3技能の測定が可能になっていたが、州政府の要請を受けて、2004年からは口頭能力についても実用が可能になった。OPIでは実現できなかった低コスト、多数受験者処理、低料金化、タスクの多様化、フィードバックの高速化、読み書き能力の同時測定が可能になったという長所がある半面、対象年齢が13歳以上でレベルがIntermediate-Highまでに限定されること、タスクがpresentational modeであること、妥当性に未検証の部分があること、などの短所があるという認識が報告された。ただ、タスク画面に同時に評価表を表示していること、聴解テストの後に口頭テストを実施することにより適正レベルが用意できること、採点者の養成・訓練のシステムを兼ね備えていること、迅速なデータ処理による機関内・機関間比較が容易になったことなど、他のテストにはない強みが強調された。 庄司は、JFプロジェクトにおいて開発した上級向け発話テストとAOTSプロジェクトにおいて開発した初中級向け発話テストを比較しながら、CEFRと対照した共通点と相違点を示した。また、目下進行中の日本語能力試験の見直し作業において予想される諸課題、新たに設けられる場合の口頭能力試験の位置づけやあり方に関する提言を行った。 野口氏からは、新たな日本語能力試験では、現行試験にない得点解釈基準をCDS(Can-do Statements)によって表示することになっており、CEFRとの対応を意識して再検討の作業が進められていることが報告された。日本語CDSとCEFRは、「聞く」「書く」では困難度の順序性がほぼ対応するものの、「読む」では対応しない部分があるという。この非対応性が日本語の重要な構成要素である漢字に起因すると見られるため、過去の問題を因子分析した結果「漢字がもたらす情報を検索処理する能力」と「文脈を活用して理解を構築する能力」の2因子が抽出され、問題項目が「文字」「読解・語彙・文法」「聴解」の三つのクラスターを形成していることが明らかになったことが報告された。このうち、「漢字がもたらす情報を検索処理する能力」では、文字の能力を単なる形態的知識として測定しているのではなく、部首・偏・旁などの字形、音、意味、語彙性、文法性、その他の情報を利用して適切な漢字及び語彙を検索するという高度な情報処理過程を測定していることの反映という解釈も報告された。 また、新たに口頭能力試験が加えられる場合には、先行研究に照らして日本語の「話」技能が「聴」技能との相関が高いことから、ACTFL能力基準の「話す」に加えて「聞く」の基準を総合した試験として位置付けることにしてはどうかという提案があった。 鎌田 修氏は、各所で採取した外国人学習者の日本人との接触場面の画像をもとに、日本語学習者を「日本語話者」と位置づけた上、OPIでは測定不可能な学習者の言語行動を興味深く分析した。 また、氏の考案になる「言語活動のプール」に、新たに「活動例と評価原理」を加え、口頭能力テストを接触場面としてとらえるという視点が提案されるともに、OPIでは評価できない、さまざまな接触場面で観察される言語能力を測定することも、OPIを専門とする者には今後の課題になるのではないかという問題が提起された。 デマイオ・シルバーナ氏からは、自身の日本留学を故国の大学教育に生かしている実践を踏まえて、日本国外で学ぶ日本語学習者にとっての日本語能力試験の意味、日本語能力試験のあり方と今後に向けた要望などが報告された。 まず、ECFRの口頭発話能力記述に触れ、レベルB1以下とB2以上の間に大きなギャップがあること、それはいわば前者が自国内で学ぶ学習者、後者が目標言語使用国に留学経験のある学習者に該当する、とし、ヨーロッパでは、前者のための口頭能力試験の開発が先ではないかと提案した。また、日本語能力試験に口頭能力を測定する部門は不可欠だが、完璧を求めて実施が遅れるよりも、改訂を重ねることを前提に早い時期の実施が望ましい、とも述べた。 パネルの後半は会場参加者とのディスカッションにあてられた。各パネラーの発表に対する個々の事柄に対する質疑に始まり、接触場面をテスト場面に転換することをめぐる意見交換、日本語能力試験の見直し作業や口頭能力測定部門の新設をめぐる質疑・意見交換が行われたほか、言語能力観、外国語教授理論などの根本的な問題に関する密度の濃い議論がやり取りされ、時間が不足するほどの盛況で、足りない時間を効果的に配分した司会者の腕前が光る終幕となった。めでたしめでたし。 |
セミナールーム1 報告 赤木 美香 | 8月24日(木) 「日本語能力試験 can-do-statement(施行版)のIRT尺度化と日本語能力検定試験の得点段階との対応付けの試み1/3」 野口博之、熊谷隆一、大隈敦子、石毛順子、長沼君主 ■ 25、26日ともにポスターセッション(1/3,2/3,3/3)は同じ内容でした。25日の野口氏のPD(パネルディスカッション)の内容をもとに、より詳しく、またインターラクティヴに行われました。 これまでの日本語能力試験では、各級に相当する日本語能力について、can-do-statement(なにができるのか)で表現されたものは存在しておらず、また素点から生じる試験結果は、受験者が具体的に日本語で何が出来るのかを示すものはないという問題点が指摘される。そこで、この問題点を改善し、発展させていくために次のような取り組みが行われている。 1.日本語の能力試験の4つの級を1つの尺度に載せる(級間等化) 2.モニター試験受験結果の能力水準と、各statementについての、学習者自己評価を対応付ける 3.各statementについて教師の評価を調査する 4.各statementについての実際の言語場面での使用・接触頻度調査を行い、汎用性を裏づける資料とする 5.国際的な他の外国語能力基準との対応付けに努める これらのなかで、まず、日本語能力試験の中のcan-do-statementを作成し、学習者に対して、「①聞く、②話す、③読む、④書く」についてそれぞれ20項目全80項目のstatementについて5段階でアンケートをとった。約1000人の結果よりCEFRの得点解釈基準と対応付け、データを比較検討することを試みると、日本語とCEFRとの解釈基準を1つに出来ない例が見て取れた。この結果より、日本語の場合、CEFRで想定されている欧州系言語間での共通性に比べて、欧州系言語との共通性の度合いが低い、そのため、日本語能力試験の得点解釈基準に関しても、CEFRに対応付けられる能力記述とそうでない能力記述とがあることが明らかになった。これをもとに日本語能力試験の能力基準を考えると、「漢字力」の定義を明確にする必要があるといえる。同様に、口頭能力測定に関しても、ACTFL基準の「話す」「聞く」の能力基準を総合したコミュニケーション能力を測定するCEFRやACTFL能力基準にない日本語独自の基準の設定が必要なるとされた。さらに、今後開発研究を進めながら、世界の諸外国語試験に肩を並べる日本語能力試験の開発を進めていかなければならないと結ばれた。 8月26日(土) OPIデータを用いた日本留学による日本語習得の測定: 文構造の複雑さ、流暢さ、モダリティ・マーカーの使用 岩崎典子(カリフォルニア大学(デービス))・渡辺素和子(ポートランド州立大学) OPIは、よく留学による言語習得の測定に用いられるが、言語の多岐面を統合するOPIの一括的な判定は、言語習得の精確な発達を明らかにはしない(Freed 1998等)。しかし、OPIから得られるデータを細かく分析することによって、留学での言語習得を詳細に理解することは可能であるとし、研究では、5人のアメリカ人留学生が1年間日本への留学する前と後にOPIを実施し、その発話をOPI判定、文構造の複雑さ、流暢さ、モダリティ・マーカーの使用の点から分析を行った。 その結果、留学後では、全員流暢さには、伸びが見られた。また、モダリティー①命題・事実に対する話者の認識・推量を表す②終助詞とそれに順ずるにモダリティ③けど④その他(疑問詞、意志を表す、疑問符的イントネーション、引用など)に関しては量的な変化はさほど見られなかったが、「けど」の使い方の多様性にみられるような質的向上は見られた。留学前後でレベルの成果の違いが見られた例としては、「認識モダリティと終助詞の使用」ね、よ、よね、とか、みたいな、っけ、じゃないか、かね、かな があげられた。留学の成果の評価は、OPIの初級~超級の判定に依存せず、OPIのデータを生かした評価の目的にふさわしい分析をすることが有意義なようであると結んだ。 日韓高校生の日本文化の捕らえ方とOPIにおける非言語構造 山根智恵(山陽学園大学)・難波 愛(同)・奥山洋子(韓国同徳女子大学) 近年、初等・中等教育での日本語学習者数は、増加しており、2003年で230万人中153万人と全体の64.3%を占めるほどになっている。そこで、高校生への日本語教育の目的は、自国の文化を大切にしながらも日本の文化に親しむという異文化理解があげられる。 そこで、この研究では1.異文化理解のための効果的な日本文化学習方法への提言2.日本文化能力測定方法への提言(非言語行動)を目的に掲げ、日本人高校生142名、韓国人高校生64名の(高校1~3年生)を対象にアンケート調査を行った。(アンケート項目として日本らしさ、日本文化らしさ、学習希望項目をあげ、さらに細かな選択肢を示した。) その結果、韓国人が日本らしさを感じるものとしては、「現代的: アニメ・マンガ」、日本文化らしさとして「現代的: アニメ・マンガ」、学習希望項目としては、「現代的: アニメ・マンガ、科学技術のほか、言語(日本語)、社会・民族性(礼儀正しさ)など、日本人学生の結果が「伝統的」項目をあげることに対して異なる結果が見られた。これより、韓国人は、現代日本と現代日本語及び日本人の民族性に興味を持つと見て取れる。そこで、この結果をもとにして、現代の日本文化らしさと礼儀正しさが表れる非言語行動(首の動き、手の動き、対人空間距離)に注目し、日本人、韓国人それぞれ4名にRPをしたときの結果についてデータを収集した。 その結果、非言語行動として日本人は首の縦振りで共和→共話を示すことに対し、韓国人は、距離を縮めるといった空間距離で共和を示すとされる。また、日本人は、手の動きに礼儀正しさを表すことが多いのに対して、韓国人は、手の動きでは礼儀正しさを表すことが少ないことがあげられた。 結論として、1、高校教科書のシラバスの文化項目再考、日本の伝統的な文化のみならず、現代的文化及び学習者の慣習(非言語行動を含む)と対照させた項目の作成が必要であること 2、文化能力測定のためには、非言語行動を基準に入れる必要があると結ばれた。 また、なぜ非言語行動に着目されたかというと、文化能力について測定する場合、あるいは文化の違いについて気付かせる場合、言語行動のみではなく、非言語行動についても分析する必要がある。つまり言語を学ぶことが「異文化理解」の一つの手段だとすれば、言語行動だけでなく非言語行動も視野にいれることによって、より「異文化理解」の習得状況が明らかになる(あるいは文化の違いに気付いているかどうかを測る目安となる)ということからであるとされた。 |
セミナールーム2 報告 浦上 信子 | 母語話者テスターと非母語話者テスターのプラスとマイナス Kiril Radev(ブルガリア・ソフィア大学) 1.日本語OPIは普及しているが、非母語話者テスターが少ない理由は、高い言語能力やそれ以外の要素の必要性、外国で非母語話者教師がOPIの実用性を実感していないことなどである。 2.母語話者テスターと非母語話者テスターのプラスとマイナス ・母語話者は言語の問題が無いため、OPIの内容に集中でき自由に突き上げができる。間違いや不適切な表現にすぐ気がつく。 しかし非母語話者の表現の習得し易さ/難しさなどが理解できない場合や、機能・タスクを重視し、正確さを軽視しがちなテスターが少なくない。 ・非母語話者は被験者の経験が理解できるので、異なる見方の判定ができ、困難要素が捉えられ、言語能力と文化能力による挫折が区別できる。しかし言語運用の問題から内容だけに集中できない場合もあり、時に高いレベルの突き上げに問題が出る。テスターと被験者が非母語話者で不自然な感じを持つ場合もある。 3.OPIへの疑問点と改善への提言 ・判定にタスクの達成度が最重要視されるが、正確さや質を重要視するべきである。 ・言語的挫折は言語的なのか、理由を考えるべきである。 ・被験者の背景や環境などを考慮し、適切なタスクを考えるべきである。 ・言語能力と文化能力の捉え方が判定基準に影響していないか。 4.結論 ・非母語話者テスターの長所を考えると、より多くの超級話者をテスターに育てるべきである。 ・非母語話者テスターならではの優位な点は、判定に内側からの観点を持てること。 ・被験者とテスター両経験のある非母語話者が、OPI判定基準の欠点を見直せる。 外国人の語りに見られる参加の軌跡― 少数派在日外国人の学びのネットワーキング 森下雅子(早稲田大学) 在日少数派外国人が社会に適応するために日本語や生活情報をどのように習得し、ネットワークを構築しているかを観察や質問などにより調査研究をし、支援の仕方を考えるものである。比較対象として黒須正明氏研究の「外国人の語りに見られる参加の軌跡(2)-多数派在日外国人の学びのネットワーキング」(ポスター発表)が用いられた。 調査対象は、横浜在住の国籍(パキスタン、イラン等)も職業も多様な9名で、在住期間は10年以上。母語での情報は殆どなく、教育機関での学習を受けていないという背景を持つ。 調査の結果、彼らが自立的積極的学習をし、学びのネットワークを作っていることが分かった。日本人を招待、国際パーティーへの参加、メディアの利用、機会を見つけての会話、ボランティア活動などである。その結果、日本語は生活直結の会話習得に優れ、読み書きはあまり習得していない傾向があった。また問題解決は自分で当たり、その経験から他の外国人を支援したいと考えている。行政から彼らの母語でのサービスが殆ど無く、学習支援は上級への対応が少いが、外国人に対応する土壌は整いつつあるようだ。 比較対象としてのブラジル人社会は、来日の目的が数年間労働での収入獲得で、多数在住であるから日本社会への順応の必要性が少なく、母語の情報が豊富で、自国同様の生活環境も整っているため日本語学習の動機が少ない。そのため日本人社会と離れ、共生の場の構築が困難である。 今後の課題は、少数派在日外国人の学びのリソースや順応の仕方、抱えている問題をもっと知って、一方的支援でなく共に街づくりする仲間としての関係構築を図りたい。多数在住派外国人には、彼らが何らかの視点で地域にかかわりあえるような支援をしたい。 会場から「日本人側のアンケートもとって地域住民の変化などを調べたらどうか」や「二つの調査対象を同じ在住期間で調べたらどうか」という発言があった。 『漢字脳化』から始まる日本語プロフィシェンシー教育 山田ボヒネック頼子(ベルリン自由大学) この研究は従来の漢字を一つずつ覚えていく学習に疑問を感じた山田氏他の学習法の改革であり、非常に興味深いものであった。 非漢字圏の学習者が漢字習得をする場合、中国人のような脳内の識字力を持っていれば漢字学習は速いのではないかという考えから、「漢字脳化」させる方法が考えられた。語彙の半数以上を占める漢語を音調化して聞き分ける能力も養えれば、さらに効果があると思われる。脳内の識字能力が養われれば、日本語の特殊性や他言語との比較不可能といった従来の考えは無意味になると考えられる。 今までの漢字学習は「半漢盲育成型」とでも言えるが、これは日本語教育を国語教育と混同していること(教育の未開発性)、1945文字の常用漢字教育でなく語彙教育に広げていること(多くなりすぎている)、学習の脳内機能の未解明などに原因があると考えている。 新しい4つの教え方は1)KanjiKreativ(KK)の採用、2)文字教育の理念→学習者の脳を漢字圏化する、3)漢字の文脈化、4)認知的内省→漢字で分節化しながら読む、が考えられる。 KanjiKreativ(KK)とは ステップ1は原子学習。1945の常用漢字を基盤コーパスとし、280の漢字原子を抽出し、12領域に分けその学習を出発点とする。基礎語彙的表現を漢字パーツとして、形態と意味のみを全部頭にいれる。漢字パーツは全部知っているという脳内状態にする。1語ずつ覚えるのとはまったく違った取り組みとなる。 ステップ2は増分・追加・漸進的学習。既習漢字原子に新しい原子を足していき、意味を持つ分子として音韻的要素と意味的要素がより体得できるようになる。 ベルリン区域で既にこの方法が実施され、肯定的結果が得られているそうである。 言語教育プログラム改革におけるCEFRとOPI― 日本の一大学における到達度評価制度からテスティング開発への実践研究 真嶋潤子(大阪外国語大学) 1.背景と目的 大阪外国語大学では言語教育プログラム改革の必要性(今回はマクロの視点での)を背景としてCEFRを参照にした到達度評価制度を構築することになった。 2.現状と問題点 大学は25専攻語の少人数教育を提供しているが、各専攻語コースが孤立して、専攻語プログラムの方向性や目標が見えず不透明であり、言語間の比較も難しい。 3.言語教育プログラム改革の方法 現状打破のために、共通性と透明性をキーワードにしているCEFRの枠組みを活用し、到達度評価制度を設立しようとした。専攻語ごとに理想ではなく現実的な到達度目標をCEFRを利用して記述してもらい、全専攻語の目標を把握する。 記述方法は4年間一貫の教育を考え、各学年の到達度目標を設定する、専攻語全体として到達度を考える、4技能別5項目を記載する、専攻語の特性を反映させる、言語使用能力全般を見る、「~ができる」型の記述をする等の留意・合意事項がある。 4.改革の結果 25言語の到達度目標記述を公開でき、「透明性」「共通性」「押し付けない」CEFRの特徴を持ち、社会的に説明責任のもてるものができた。又自立的学習を促進するものとなった。 5.今後の課題 ・提出された到達度目標が適切か確認と改訂をする ・学生の言語能力への教育的効果があるか ・評価法・テスティングの開発をする ・各言語の標準テスト・検定試験を調査し、それと関連付ける ・CEFRを利用したことへの評価をみる |
ホール会場 報告 錦見 静恵 | シンポジウム最終日のホール会場では、由井紀久子氏、坂口昌子氏による『文系部留学生に期待される日本語プロフィシェンシー:スピーキングクラスの成果に基づいた「3年間教育到達度構築」への試論』と題する発表、次に野口裕之氏、大隈敦子氏による『日本語能力試験 can-do statements(試行版)のIRT尺度化と日本語能力試験の得点段階との対応づけの試み』と題する発表が行われた。 由井紀久子氏、坂口昌子氏の発表は京都外国語大学日本語科に在籍する留学生に対する日本語教育を事例にして留学生に期待されるプロフィシェンシーやcan-do statementsなどを考えたいとした研究である。日本語学習者の談話展開上の問題点なども上げられ、学習者のわかりやすい談話とわかりにくい談話の違いについての分析なども発表された。現留学生の到達度機能の追求から今後のシラバスを探っていくという実に興味深い試論であった。 野口裕之氏らによる『日本語能力試験 can-do statements(試行版)のIRT尺度化と日本語能力試験の得点段階との対応づけの試み』の発表では、日本語能力試験に関するcan-do statements開発研究の中から、can-do statements項目と日本語能力試験の各級認定段階との対応づけに関する現段階での到達点を報告するものであった。アンケート項目などのハンドアウト資料をもとに詳しく説明が行われた。 記述式、回答式、段階構成などは今後検討されることも多いと結ばれたが、実に意欲的な取り組みであり、会場からはアンケート項目や難易度の分類方法などについて熱心に質問が出されたとともに今後の研究を大いに期待するという声も寄せられた。 最後に今回のシンポジウム全般に関して質問の場が設けられたが、ここでも日本語能力試験のcan-do statementsに対する質問が多く出された。 |